先天性両耳性難聴という障害を持つ

佐賀大学医学部吉田翔さんが
「医師国家試験」に合格したことが

話題になってます。

 

重度の難聴で「障害者手帳」も持っている
という吉田翔さん。

そんな吉田翔さんが

「生涯=ハンディキャップ」と感じさせない

とても前向きに頑張る姿に

「自分が恥ずかしく感じてしまう」ような
そんな感情を覚えました(^^;

 

今回は、そんな「重度の難聴障害」を持ちながら
医師免許を取得した吉田翔さんが

 

医者になろうと思った動機は何だったのか?

大学・医学部の授業で聞こえないハンディを
どのように乗り越えたのか?

吉田翔さんの驚きの「もう一つの顔」

を紹介します。

 

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吉田翔「医者になろうと思った理由」とは?

 

先天性両耳性難聴という重度の難聴障害

を持っている吉田翔さん。

そんな吉田翔さんが「身をもって感じた」のが

 

「聞こえない&話せないという障害は

心を閉ざしてしまい孤独になりやすく

引きこもりになりやすい」ということ。

 

自分と同じ障害を持っている

とくに子供達に対して

「自分の経験を活かし、なおかつ

医者という立場で助けてあげることが出来たら」

という思いから「医者になろう」と決意したそうです。

 

障害が無い人であっても、そう簡単に

「医者になろう!」と思って

医師国家試験に合格するっていうのは

難しいことなのに・・・(^^;

 

吉田翔さんの「行動力」と「意志の強さ」は

尊敬してしまいます・・・。

 

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吉田翔「聞こえない」のに大学の授業はどうやって受けたのか?

 

いくら吉田翔さん自身がやる気があっても

聞こえないものは聞こえない。

 

医者になろうと思えば、当然大学の医学部に通って

授業を受けなくてはならないのですが

重度の難聴である吉田翔さんは、どうやって

大学の授業を受けたのか・・・?

 

主には

「補聴器から聞こえる僅かな音」

「話している人の口の動きを解読」していたとか。

 

とはいっても、吉田翔さん自身の努力だけでは

どうにもならないこともある・・・のも事実。

 

重要なミーティングや実習の場面では

パソコンに講義内容を入力してもらいながら

なんとか食らいついて乗り越えたそうです。

 

やはり、普段の吉田翔さんの努力を見てる

周りの人達の「惜しみない協力」もあって

医師免許取得という難関を超えられたのでしょう。

 

 

吉田翔、驚きの「もう一つの別の顔」とは?

 

重度の難聴というハンディキャップを持ちながら

勉強だけでなくスポーツも万能だという吉田翔さん。

 

なんと・・・

 

バレーボールの全日本代表選手だそうです。

 

え?え?見たことないけど⁈

なんて声が聞こえて来そうですが(^^;

 

全日本代表・・・と言っても

難聴の障害をもった人達の競技で

デブバレーというものがあるそうで吉田翔さんは

 

その

「デフバレー全日本代表選手」とのことですね(^^;

国際大会もあるほどの競技ですから

凄いですよね。

 

一体、この吉田翔さんのアクティブなパワーは

どこから湧いてくるのか・・・気になります。

 

まとめ

2年間の浪人の末、佐賀大学医学部にはいり

並々ならぬ努力で「障害」というハンディキャップを乗り越え

医師国家試験に合格し「医者になる!」という夢に

一歩近づいた吉田翔さん。

 

人の命を預かる「医師」という職業は

とても大変なこともあるかと思います。

 

それでも、障害のある人達の「希望」となるような

立派なお医者さんになることを期待しています!